昼食用のパンを購入し車を置いている駐車場に向かって横断歩道を歩行中、乗用車にはねられ負傷し、療養中に死亡した事故は通勤災害であるとして、未支給の休業給付及び遺族給付を請求。 |
被災者は通常通行している道路を歩行中に事故にあっており、道路の左右のいずれを歩行していても、合理的な経路とみるべきであるという請求人の主張が認められたもの。
◎ 経緯
1 再審査請求にいたるまでの経緯再審査請求人(以下「請求人」という。)の亡妻(以下「被災者」という。)は、平成6年1月18日午前中の勤務を終え、帰宅途中にパンを購入し、通勤に使用している車を置いている従業員専用駐車場に向かって横断歩道を歩行中、乗用車にはねられ負傷し、療養中の同年1月24日に死亡した。
請求人は、被災者の死亡は通勤災害であるとして、監督署長に未支給の休業給付及び遺族給付を請求したが、監督署長は、被災者の死亡は通勤災害とは認められないとして、これを支給しない旨の処分をした。
請求人は、この処分を不服として、労働者災害補償保険審査官(以下「審査官」という。)に審査請求をしたが、審査官は、平成7年6月30日付けでこれを棄却したので、請求人は、さらにこの決定を不服として、再審査請求に及んだものである。
2 再審査請求の理由
請求人は、再審査請求の理由として、要旨、次のとおり述べている。
被災者は、通常通行している道路を歩行中に交通事故にあい、死亡したものであり、道路の左右いずれを歩行していても、これは合理的な経路とみるべきである。
3 原処分庁の意見
被災者の通勤形態、就業場所及び従業員駐車場の位置関係からみて、通勤のため道路の反対側にわたる必要はなく、病院側の歩道が合理的な経路であると考えざるを得ない。被災者は自宅でとるための昼食用のパンを購入するために道路を横断し、購入後帰宅のため再び道路を横断し、通常の合理的な経路に復する前に災害にあったものであり、逸脱中の災害であるので通勤災害に該当しないことから、不支給としたものである。
◎ 認定
審査資料に基づき本件を検討するに、次のとおりである。
(1) 被災者は、病院にパ−トの事務職員として勤務していたが、平成6年1月18日午前中の勤務を終え、昼食をとるため自宅に帰る途中、勤務先と国道を隔て反対側にある店でパンを購入し、その後、通勤に使用している車を置いている同病院の従業員専用駐車場(以下「駐車場」という。)に向かって、午後零時10分頃、国道の信号のある横断歩道を歩行中、普通乗用車にはねられ(以下「本件事故」という。)、救急車でA脳神経外科に搬送されたが、療養中の平成6年1月24日「脳挫傷、急性硬膜下血腫」により死亡した。
請求人は、本件死亡は通勤災害に該当するとしている。
(2) 被災者の勤務時間、通勤の方法・経路、被災当日の帰路及び被災場所等についてみるに、次のとおりである。
イ 被災者は、病院のパ−トの事務員として勤務しており、勤務時間は午前8時30分から午後3時まで、昼の休憩時間は午後零時から午後1時までである。
被災者の通勤方法は、自宅から病院の近くにある駐車場までは自家用軽四輪自動車を利用し、駐車場に自動車を置いて、そこからは徒歩で通勤していたものである。
また被災者は、通常昼の休憩時間を利用して自宅に帰って昼食をとっていたものである。
ロ 被災当時の状況を見るに、被災者は、被災当日、通常どおり病院に出勤して、午前中の勤務を終え、自宅で昼食をとるため、同僚(午前中のみのパ−ト勤務者)と一緒に病院を出て、歩道を十メ−トル近く市内方向に歩き、そこから国道(B通り)を横断し、病院と道路を隔て向い側にあるパン屋でパンを購入し、約五分後に同店をでて駐車場に向かい、午後零時十分頃、C石油給油所からD金属の方に向け、B通り交差点の横断歩道を青信号に従って横断中、左後方より同交差点に進入してきた普通乗用車に同僚と共にはねられたものである。
なお、被災者が本件事故にあった国道(B通り)の道路は、車道部分の道幅が11・1メ−トルの片側一車線で、車道の両側には幅3メ−トルの歩道が設けられている。
◎ 判断
以上みたところにより本件について判断するに、次のとおりである。
(1) 被災者は、昼休みに昼食をとるため自宅に帰る途中、病院と国道を隔て向い側にあるパン屋でパンを購入し、その後、病院の駐車場に向かって国道の横断歩道を歩行中に本件事故に遭遇したものであるが、このパンを購入する行為は労働者災害補償保険法施行規則第八条第一号の「日常品の購入その他これに準ずる行為」に該当するものと認めることができる。
(2) 本件の問題点は、被災者がパンを購入した後、本件事故に遭遇した地点が合理的な通勤経路上であると認められるか否かにあるので、これについて検討する。
イ まず、被災者が病院側の歩道から車道を横切って向い側の歩道に渡り、パン屋に赴いた行為が、被災者の通勤経路を逸れた行為とみるべきか否かであるが、被災者が横断した国道は、車道と歩道が区別され、交通量の比較的多い幹線道路であることは認められるものの、その車道は、幅員11・1メ−トルの片側一車線のものに過ぎず、このことからしても通常の人にとって容易に横断可能な程度の道路であったものと推察される。
このような道路については、車道と歩道の区別があったとしても、左右の歩道を含め一つの通行経路とみるのが、日常生活において道路を利用する者にとっての一般的な理解であると考えられる。したがって、請求人の病院側の歩道から向い側の歩道に渡った行為は、同一の通勤経路上における行為態様とみるのが妥当であり、このことをもって通勤経路を逸脱したものとまでは認めがたい。この意味で病院側の歩道上の経路のみが自宅と病院との最短距離であるため合理的な通勤経路であるとする監督署長の判断は、失当であるといわざるをえない。
ロ 請求人は、国道を横断した後パン屋でパンを購入しているが、同店においてパンを購入する間は通勤を中断しているというべきである。しかし、同店前の歩道に出た時点で、通勤経路に復したとみるのが相当であり、横断歩道を歩行中に遭遇した本件事故は、合理的な通勤経路上の事故として通勤災害に該当するといわなければならない。
(3) 以上のとおりであるから、監督署長が本件事故は通勤災害に該当しないとして請求人に対してした未支給の休業給付及び遺族給付を支給しない旨の処分は失当であり、取り消されるべきである。
以上により、労働保険審査会は、監督署長が平成6年11月7日付けで請求人に対してした労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)による未支給の休業給付及び遺族給付を支給しない旨を取り消すとの裁決をした。
平成9年7月裁決
参考文献「月刊 ろうさい」